笠寺観音/初詣 [新潟県外への旅]
笠寺は尾張四観音のひとつです。
名古屋城を中心として荒子、甚目寺、竜泉寺そして笠寺の四観音があります。
今年は笠寺が恵方にあたるというので、初詣に行ってきました。
旧東海道に面し、本堂、仁王門、鐘楼、多宝塔などが立ち並ぶ堂々たる構えのお寺です。
手持ちの本の江戸時代の尾張名所図会と比較すると堂塔伽藍の配置は当時とまったく変わっていませんでした。
正式には真言宗、天林山笠覆寺と言います。
縁結び観音とも呼ばれます。
そのいわれについては次のような話が伝わっています。
昔、このちかくに住む貧しいが美しい娘がいました。
野ざらしになっていた観音様に自分の笠を被せ、雨に濡れて帰ったそうです。
通りがかった藤原の兼平中将がこの娘を見初め妻として京に連れ帰り幸せに暮らしたそうです。
貧しい娘、変じて玉照姫となりました。
兼平・玉照姫夫妻は巡り合いのきっかけとなった観音様を本尊とする堂塔を寄進し、それが笠覆寺となったそうです。
ですから本尊は笠を被った十一面観音です。
本堂前にならぶ参詣者です。
列は仁王門の先までつながっていました。
境内に新免武蔵玄信の碑があります。
宮本武蔵がこの寺に2ヶ月ほど逗留したことがある縁で、武蔵の百回忌に弟子筋の人が立てたものだそうです。
武蔵がこの寺に逗留したのは何時のことなのでしょうか。
尾張藩への仕官を求めて名古屋を訪れ、藩主義直の面前で藩士と試合ったことがあるようです。
「義直は武蔵のなかに不世生の天才を認めていた。しかしこの天才が、世間にどれほどの役にたつかといえば、別の問題になる。」(司馬遼太郎「真説宮本武蔵」より)
どうも仕官はならなかったらしいですね。
参道の商店街で買い求めた、最中です。
笠寺名物観音最中、1個90円は安い。
しかし、この顔は観音さまの顔?玉照姫の顔?
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