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和菓子の旅2・万年堂(名古屋市東区) [お菓子]

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名古屋の我家から南に向かって歩きます。
外堀通りを超え、桜通りを過ぎて南下を続けますと、お寺が密集する地域に入ります。
江戸時代には法華寺町、禅寺町と呼ばれた地域です。
名古屋城下の南に広がる寺町大須と並んで、城下町の外周部を形成する東の寺町です。
今の中区新栄1丁目、東区東桜2丁目あたりになります。

そんな道筋で見つけたお寺、へちま薬師、東充寺です。
境内のいたるところに「へちま」がぶらさがっていました。
病気治癒祈願に効くそうです。
小錦の奉納絵馬もぶら下がっていました。
本題を外れますので詳細は略しますが、詳しくはこちら。→http://www41.tok2.com/home/kanihei5/aichi-hechima.html

・・・で、そんな寺町の一角、東桜2丁目に「万年堂」がありました。

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ここの名物は「おちょぼ」と命名された和三盆を使用したお菓子です。
インターネットでは、万年堂の創業は昭和24年と紹介されています。
小説家の吉川栄治が名古屋の知人に「おちょぼ」を無心したのが昭和25年ことです。
戦争で製造を中止していたが、戦後になっても容易に材料が手に入らないので未だ製造を再開できていないとの万年堂主人の応対があったそうです。
そのエピソードから、その歴史は戦前に遡るかもしれないこと、そして材料に対するこだわりを知ることが出来ます。

その万年堂の包みです。
華やか色調ながら、落ち着きのある包み紙が和菓子屋らしさを感じさせます。

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上生菓子を買ってきました。
「岸辺の春」と命名されたお菓子です。
黒糖餡を練り切りの生地で挟んだお菓子です。
練り切りの表面に、梅の花が描かれていました。

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じょうよまんじゅうです。
干支と名付けられ、龍の焼印が押してありました。
いずれも上品な味でした。

 


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